忙しい時間帯に利用者から呼び止められ、つい短い言葉で返してしまった。親しみを込めたつもりの呼び方を、先輩から注意された。実際には、どこからが失礼でどこまでが親しみなのか、その線引きは厚生労働省の資料である程度示されています。この記事では、接遇5原則を場面例で整理し、声かけの例文とNGワードの言い換え、ご家族や電話への対応、接遇研修で学ぶことをまとめました。これから介護の仕事を始める方や、新人に接遇を教える立場の方に向けた内容です。
この記事でわかること
- 介護における接遇の意味と、接客との違い
- 挨拶・表情・身だしなみ・言葉遣い・態度の5原則と場面例
- 介助の場面で使える声かけの例文と、厚労省が虐待の例に挙げる言動
- NGワードをOKに言い換えた早見表
- ご家族対応・電話対応・クレームを受けたときの基本と、接遇研修の内容
介護における接遇とは
介護の接遇とは、利用者を一人の大人として尊重し、安心して毎日を過ごしてもらえるように応対することです。言葉遣いや身だしなみといった形の部分だけでなく、本人の意思を確かめてから介助する姿勢まで含みます。業務全体の中での接遇の位置づけは介護職の仕事内容とは|1日の流れ・施設別の違い・必要な資格を解説でも紹介しています。
接客との違いは生活の場で毎日続く関係であること
ホテルや店舗の接客は、限られた時間でお客様をもてなす応対です。介護の接遇は、施設や自宅という生活の場で、同じ利用者と何か月、何年と続く関係の中で行います。毎日顔を合わせるうちに慣れが馴れ馴れしさに変わりやすい一方、丁寧すぎる応対も生活の場にはなじみません。敬意を保ちながら家庭的な雰囲気をつくることが、介護の接遇の難しさです。
接遇は尊厳の保持につながる
介護保険法は、平成17年の改正で目的規定に尊厳の保持を加えました。厚生労働省の高齢者虐待対応マニュアルは、介護サービス事業者には利用者の人格を尊重する義務が課されていて、違反は指定の取消などの行政処分の対象になると説明しています。乱暴な言葉や子ども扱いが続けば、利用者の尊厳を傷つけ、虐待と判断されることもあります。
接遇5原則を場面例で押さえる
接遇研修などでよく挙げられるのが、挨拶、表情、身だしなみ、言葉遣い、態度の5つです。どれも当たり前に聞こえますが、忙しい時間帯や疲れているときほど崩れます。介護現場でよくある場面に置き換えて確認しましょう。
挨拶は名乗りと目線から
挨拶は、利用者に誰が何をしに来たのかを伝える最初の一言です。居室に入るときはノックをして、名前を呼んでから自分も名乗ります。車いすやベッドの方には、しゃがんで目線の高さを合わせてから声をかけてください。
〇〇さん、おはようございます。介護職の△△です。カーテンを開けてもよろしいですか。
ご家族や他職種の方にも、すれ違うときは会釈と一言を添えましょう。
表情は目元と声のトーンで伝える
表情は、言葉より先に利用者の安心感を左右します。マスクで口元が隠れる場面では、目元をやわらげ、声のトーンを少し上げるだけで印象が変わります。
忙しさや焦りは、本人が思う以上に顔に出ます。ナースコールが重なったときほど、利用者の前では一呼吸置いてから話しかけてください。
身だしなみは清潔と安全を基準にする
介護職の身だしなみは、清潔であることと、利用者を傷つけないことが基準です。長い爪や指輪、ネックレスは介助中に利用者の皮膚を傷つけるおそれがあり、強い香水やたばこのにおいは不快に感じる方がいます。髪が長い場合は束ね、髪色やネイルの可否は施設の規定を入職時に確認しておきましょう。
言葉遣いは丁寧語を基本にする
言葉遣いは、です・ますの丁寧語を基本にします。過度な尊敬語や謙譲語はかえって聞き取りにくくなるため、短く分かりやすい言葉を選んでください。呼び方は名字にさん、または様を付けるのが基本です。法令で決まった呼び方はなく、施設の方針で決まるため、まず職場のルールを確かめましょう。
態度は目線の高さと動作のていねいさに出る
態度は、言葉にしなくても利用者へ伝わります。立ったまま見下ろして話す、背後から急に声をかける、腕を組む、ため息をつく。どれも本人は気づかないうちに、利用者に威圧感や不安を与えます。利用者の前での職員同士の私語や、本人を飛ばして職員だけで話を進めることも避けてください。
場面別の声かけ例とNGワード
声かけの基本は、介助の前に何をするかを説明し、本人の同意を得てから動くことです。反対に、命令口調、否定、子ども扱いの言葉は、厚生労働省のマニュアルで虐待の例として挙げられているものもあります。場面ごとの例文と、言い換えの早見表を確認しておきましょう。
介助の前は説明して同意を得る
声をかけずに車いすを動かしたり衣服に手をかけたりするのは、利用者にとっては突然の出来事です。体に触れる介助では、何をするのかを先に伝え、返事を待ってから動くと、驚きや抵抗が少なくなります。
〇〇さん、これから車いすに移りますね。私の肩に手を回していただけますか。
〇〇さん、お風呂の準備ができました。今から一緒に行きませんか。
排泄の介助では、周りに聞こえない声量で話し、カーテンやドアを閉めてから始めてください。拒まれたときは無理に進めず、時間を置いて声をかけ直しましょう。
待ってもらうときはスピーチロックに注意する
スピーチロックとは、「ちょっと待って」「座っていて」といった言葉で利用者の行動を制限してしまうことです。厚生労働省の身体拘束廃止・防止の手引き(令和7年3月)には、スピーチロックも身体拘束として扱い、言葉の言い換えに取り組む事業所の実践事例が紹介されています。
高齢者虐待対応マニュアルでは、呼びかけに「ちょっと待ってね」と言い、その後の対応をしないことが、介護・世話の放棄・放任の例に挙げられています。待ってもらうときは、理由と時間の目安を添え、約束どおりに戻りましょう。
〇〇さん、今ほかの方のお手伝いをしています。5分ほどで戻りますので、お部屋で待っていていただけますか。
厚労省が心理的虐待の例に挙げる言動
高齢者虐待防止法は、高齢者に対する著しい暴言や著しく拒絶的な対応などを心理的虐待と定めています。厚労省のマニュアルは、介護施設などの職員による心理的虐待の例として次のような言動を挙げています。
- 怒鳴る、罵る
- 排せつの失敗や食べこぼしを嘲笑する
- 排せつ介助の際に「臭い」「汚い」などと言う
- 子ども扱いするような呼称で呼ぶ
- 「意味もなくコールを押さないで」「なんでこんなことができないの」などと言う
- 話しかけやナースコールを無視する
厚生労働省の令和6年度の調査では、介護施設などの職員による虐待と判断された件数は1,220件で過去最多でした。被虐待者を虐待の種別で見ると、心理的虐待は27.7%で身体的虐待の51.1%に次いで多く、発生要因は職員の虐待や権利擁護、身体拘束に関する知識・意識の不足が75.9%で最も多くなっています。
NGワードを言い換える早見表
NGワードの多くは、命令、否定、子ども扱いのどれかにあたります。現場でつい出やすい言葉を、そのまま使える形に言い換え、右端の列にどこを直したかをまとめました。
| NGワード | OKの言い換え | 直すポイント |
|---|---|---|
| ちょっと待って | 5分ほどで戻りますので、お待ちいただけますか | 理由と時間の目安を伝える |
| 座ってて、立たないで | どちらへ行かれますか。ご一緒しますね | 止めずに目的を聞く |
| 何回押すの、さっきも来たよね | どうされましたか。何かお困りですか | 呼んだ理由を聞く |
| 〇〇ちゃん、おじいちゃん | 〇〇さん、〇〇様 | 名字で呼ぶ |
| 上手にできたね、えらいね | 最後までご自分で召し上がれましたね | 子どもをほめる言い方にしない |
| おむつ替えるよ | お手洗いのことで、少しお手伝いしてもよろしいですか | 周りに聞こえる言葉を避ける |
| 早く食べて | ゆっくりで大丈夫です。次はどれを召し上がりますか | 急かさない |
| なんでできないの | ここは一緒にやってみましょうか | 否定せず手伝いを申し出る |
| ダメ、危ない | 足元が滑りやすいので、私の腕につかまってください | 理由と代わりの方法を伝える |
| わかった、わかった | そうだったのですね。教えてくださってありがとうございます | 最後まで聴いて受け止める |
言い換えのコツは、止める言葉の代わりに理由と次の行動を伝えることです。認知症の方への声かけや傾聴の方法は、高齢者とのコミュニケーションのコツ|認知症の方への声かけと傾聴で詳しく紹介しています。
ご家族対応・電話対応のマナー
ご家族への対応では、事実を正確に伝えることと、ご家族の気持ちを受け止めることが基本です。電話では相手の顔が見えないぶん、名乗りと確認、個人情報の扱いに気を配ります。どちらも一人で判断せず、職場で決められた流れに沿って対応してください。
ご家族への報告は事実を先に伝える
面会に来られたご家族には、こちらから挨拶をして、最近の様子を一言添えると安心につながります。体調の変化や転倒などを報告するときは、いつ、何があり、どう対応したかを先に伝え、推測は推測だと分かる形で添えてください。
〇〇様のご家族の方でいらっしゃいますか。今朝7時ごろ、居室で床に座っておられるところを発見しました。看護師が確認し、今のところ痛みの訴えはありません。
口頭の説明と記録の内容が食い違うと、ご家族の不信感につながります。事実を書き残す方法は介護記録の書き方|伝わる基本ルールと場面別の例文・NG例で確認できます。
電話は名乗りと復唱を基本にする
電話を受けたら、施設名と自分の名前を名乗ります。伝言は相手の名前、連絡先、内容を復唱してメモに残してください。介護サービス事業所の運営基準では、職員は正当な理由なく、業務上知った利用者や家族の秘密を漏らしてはならないと定められています。本人確認ができない電話では、利用者が入所しているかどうかも含めて職場の決まりに従い、担当者から折り返すと安全です。受けた伝言を次の勤務者へ漏れなく渡す方法は介護の申し送りのコツ|伝わる話し方とテンプレート・NG例で紹介しています。
クレームを受けたときは聴いてから上長へつなぐ
苦情を受けたときは、まず最後まで聴き、不快な思いをさせたことにお詫びを伝えます。言い訳やその場での約束は避け、いつ、誰から、どんな内容だったかをメモに残して、すぐに上長や相談員へ報告してください。苦情の内容は運営基準で記録が義務づけられています。
接遇研修で学ぶこと
接遇研修では、挨拶や言葉遣いといった基本に加えて、虐待防止や身体拘束の適正化も学びます。虐待防止の研修はすべての介護サービス事業所に、身体拘束適正化の研修は施設や短期入所などのサービスに実施が義務づけられています。学んだ内容を続けるには、職員同士で声をかけ合う関係も必要です。
新人研修では基本動作とロールプレイを学ぶ
新人研修では、挨拶、身だしなみ、言葉遣い、電話の受け方といった基本動作を学びます。厚労省の身体拘束廃止・防止の手引きでは、介護する側とされる側に分かれ、声のかけ方や笑顔、介護の方法を学ぶ体験形式の研修を行う事業所の例が紹介されています。される側を体験すると、無言で車いすを押される怖さが実感として分かります。
虐待防止と身体拘束の研修は事業所の義務
2021年4月の基準省令改正で、すべての介護サービス事業所に高齢者虐待防止措置が3年間の経過措置つきで義務づけられ、2024年4月から本格適用されています。委員会の開催、指針の整備、研修の定期的な実施、担当者の配置の4つです。2024年度の介護報酬改定では、措置を講じていない場合に基本報酬を1%減算する高齢者虐待防止措置未実施減算が、居宅療養管理指導と特定福祉用具販売を除くサービスに設けられました。福祉用具貸与には2027年3月までの経過措置があります。
身体拘束も、利用者の生命や身体を守るために緊急やむを得ない場合を除いて禁止されています。やむを得ない場合とは、切迫性、非代替性、一時性の3つの要件をすべて満たすときで、手引きはこれらを満たすケースは極めて少ないとしています。緊急やむを得ない場合の適正な手続きを経ていない身体拘束は、原則として高齢者虐待にあたります。
高齢者虐待防止法第21条は、勤務先の職員による虐待を受けたと思われる利用者を見つけた職員に、市町村へ速やかに通報する義務を課しています。通報を理由に解雇などの不利益な取扱いをすることも、同条で禁じられています。
職場で接遇を続けるにはチームで声をかけ合う
研修で学んでも、忙しさの中で言葉は少しずつ崩れます。「ちょっと待って」は言わない、といった具体的な目標をチームで決め、気づいたときに声をかけ合うと、接遇は職場の習慣になります。先輩の言葉遣いが気になるときの角の立たない伝え方は介護職の人間関係がつらいときの対処法|先輩・多職種・新人への対応も参考にしてください。
まとめ
介護の接遇は、利用者を一人の大人として尊重し、安心して暮らしてもらうための応対です。挨拶、表情、身だしなみ、言葉遣い、態度の5原則は、忙しいときほど崩れます。介助の前は説明して同意を得て、待ってもらうときは理由と時間を伝えましょう。子ども扱いの呼び方や否定の言葉は、厚生労働省が心理的虐待の例に挙げています。
まずは今日の勤務で自分がよく使う言葉を一つ選び、早見表のOK例に置き換えてみてください。
よくある質問
Q. 利用者をちゃん付けで呼ぶのはNGですか?
A. 避けましょう。厚生労働省の高齢者虐待対応マニュアルは、子ども扱いするような呼称で呼ぶことを、介護施設などの職員による心理的虐待の例に挙げています。名字にさん、または様を付けるのが基本で、呼び方の細かなルールは職場の方針を確認してください。
Q. タメ口のほうが親しみがわくのではないですか?
A. 親しみと馴れ馴れしさは別物です。毎日顔を合わせる関係でも、利用者は人生の先輩であり、丁寧語を基本にするのが接遇の考え方です。方言や柔らかい言い回しを交えて家庭的な雰囲気をつくることはできますが、命令口調や子どもに話すような言い方にならないよう注意してください。
Q. クレーム対応の基本は何ですか?
A. 言葉を挟まずに最後まで聴き、不快な思いをさせたことにお詫びを伝えます。事実が分からないうちの言い訳や、その場での約束は避けてください。内容を記録してすぐに上長や相談員へ報告し、個人で抱え込まず事業所として対応します。
参考資料・出典
- 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律(平成17年法律第124号)、e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/417AC1000000124
- 厚生労働省老健局「市町村・都道府県における高齢者虐待への対応と養護者支援について」(令和8年3月改訂)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000200478_00004.html
- 厚生労働省老健局「介護施設・事業所等で働く方々への身体拘束廃止・防止の手引き」(令和7年3月、平成13年の「身体拘束ゼロへの手引き」をもとに作成)https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001643323.pdf
- 厚生労働省「令和6年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律』に基づく対応状況等に関する調査結果」(2025年12月公表)https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_67817.html
- 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第37号)、e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100037
※制度の情報は2026年10月時点のものです。








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