面会に来た家族から強い口調で指摘され、とっさに何と返せばよいか分からなかった。家族への対応に不安を抱える介護職の方は少なくありません。
実際には、利用者や家族からの苦情は、職員が1人で受け止めて解決するものではありません。介護保険の運営基準で、苦情は事業所が窓口を設けて受け付け、記録し、改善につなげるものと決められており、事業所の外にも相談先があります。
この記事では、その場でやること、言ってはいけない言葉、苦情が事業所の中と外でどう扱われるかを、条文と自治体の資料をもとに整理しました。
家族対応に自信が持てない1〜5年目の現場スタッフの方に向けた内容です。
この記事でわかること
- 家族からクレームを受けたその場でやること5つ
- 言ってはいけない言葉と、言い換えの例
- 運営基準で事業所に義務づけられている苦情処理の仕組み
- 市町村・国保連・運営適正化委員会の役割とハラスメントとの線引き
家族からの苦情は事業所として受けるもの
家族の言葉が自分に向けられると、責められているように感じるものです。けれども法令上、苦情に対応する責任を負うのは事業者で、職員が担うのはその入り口の部分です。この前提を押さえると、その場ですべきことの範囲がはっきりします。
運営基準で苦情の窓口と記録が義務になっている
訪問介護の運営基準(指定居宅サービス等基準 第36条)は、事業者に次のことを求めています。ほかの居宅サービスにも準用され、特別養護老人ホームでは指定介護老人福祉施設基準 第33条に同じ内容があります。
- 利用者と家族からの苦情を受け付ける窓口を設置するなどの措置を講じる
- 受け付けた苦情の内容等を記録する
- 市町村や国民健康保険団体連合会(国保連)の調査に協力し、指導や助言を受けたら改善する
どの条文も主語は事業者で、職員個人に解決の義務を負わせる書き方にはなっていません。
現場の職員がその場でやることは5つ
最初に話を聞いた職員の役目は、苦情を正確に受け取って事業所の窓口へつなぐことです。その場で解決まで背負う必要はなく、やることは次の5つに絞れます。聞き終える前に説明や約束を始めないのがこつです。
- 話を途中で遮らずに最後まで聞く
- 起きた事実と、家族の気持ちを分けて確認する
- 対応の約束や原因の説明を自分1人で決めない
- 聞いた内容をその日のうちに記録する
- 上司(管理者や苦情受付担当者)にすぐ報告する
次の章で順に見ていきます。
その場の初期対応の流れ
5つの行動を、三重県の「介護保険相談・苦情・事故発生時の対応マニュアル」(2026年4月改訂版)が示す心構えとあわせて見ていきます。県がまとめた資料で、相談や苦情を受ける側の基本姿勢が具体的に書かれています。
話を途中で遮らずに最後まで聞く
三重県のマニュアルは、苦情を言う人は内容をうまく表現できない場合も多いため、まず話をよく聞き、抱えている課題を全体として把握するよう求めています。可能なら座れる場所に移り、相づちを打ちながら聞きます。途中で説明や反論を挟まないのが、相手が落ち着く近道です。
事実と気持ちを分けて確認する
いつ、どのサービスで、何があったのかという事実と、家族が感じている不安や不満を分けて確認します。「〇日の入浴のあと、着替えが前の日のままだったということですね」のように要点を言い直すと、聞き違いを防げます。
その場で約束せず、回答の見通しを伝える
対応の約束や原因の説明は、事実を確かめてから事業所が行うことです。その場では名前を名乗り、上司に伝えることと、いつまでに誰から連絡するかを伝えます。次のような言い方で十分です。
- 「担当の〇〇です。お話しいただきありがとうございます」
- 「確認して、〇日までに管理者からご連絡いたします」
三重県のマニュアルは、原則1週間以内に連絡し、解決していなくても途中経過を伝えるよう示しています。期限は上司に確認してから伝えます。
記録して、すぐ上司に報告する
日時、話した人、苦情の内容、家族の希望、自分が伝えたことを、その日のうちに記録します。家族の言葉はそのまま書き、自分の推測と分けておきます。伝え方は介護の申し送りのコツも参考にしてください。
報告は記録の完成を待たず、まず口頭で上司に入れます。転倒などの事故が関係する苦情なら、介護の事故報告書の書き方にある事故報告の流れも並行して進みます。
言ってはいけない言葉・やってはいけないこと
悪気のない一言が言い訳や否定に聞こえ、苦情が大きくなることがあります。受け止める姿勢が伝わらないと、内容が正しくても話はこじれます。自治体のマニュアルなどで避けるよう示されているものを整理します。
否定・言い訳・決めつけ
「そんなはずはありません」「忙しかったので」といった言葉は、訴えを受け止めていない印象を与えます。三重県のマニュアルは、先入観を持たず決めつける態度をとらないこと、話が指示的・説教的にならないことを心構えとして挙げています。
その場で原因を断定するのも避けます。事実が違えば説明が二転三転します。
ほかの職員や家族のせいにする
「夜勤の人がやったことなので」のように責任を他の人に向ける言い方も避けます。家族にとっての問題は、誰が担当したかより事業所としてどうなっているかです。
あいまいな返事と形式的な説明
三重県のマニュアルは「それは〜だと思う」のようなあいまいな表現や、「法律に規定されているから」といった形式的な説明を避けるよう示しています。断る場合も、根拠を示して説明するのが基本です。
| 避けたい言葉 | 言い換えの例 |
|---|---|
| そんなはずはありません | 詳しく教えていただけますか |
| 夜勤の担当がやったことなので | 事業所として確認し、ご連絡いたします |
| たぶん大丈夫だと思います | 確認して〇日までにお伝えします |
| 決まりなので無理です | 管理者から理由をご説明します |
言い換えは一般的な例で、決まりは事業所ごとに違います。日頃の言葉づかいは高齢者とのコミュニケーションのコツも参考になります。
事業所の苦情処理の仕組み
報告した苦情は、事業所の中で決められた手順に沿って扱われます。手順は運営基準と厚生労働省の指針をもとに事業所ごとに定められており、仕組みを知っておくと、報告の後の流れと自分の役目の範囲が見通せます。
重要事項説明書に載っている苦情の窓口
運営基準(指定居宅サービス等基準 第8条、指定介護老人福祉施設基準 第4条)は、サービス開始時に重要事項を記した文書を交付して説明するよう求めています。三重県のマニュアルは、苦情の窓口を掲示や重要事項説明書で示すよう求めています。
事業所は指定を受けるとき、利用者からの苦情を処理するために講ずる措置の概要を自治体に届け出ています。新潟市の記載例には、窓口と対応者、回答期限の伝え方、改善点の全職員への周知までが書かれています。
苦情解決責任者・苦情受付担当者・第三者委員
社会福祉法第82条は、社会福祉事業の経営者に、苦情の適切な解決に努めるよう求めています。これを受けた厚生労働省の「社会福祉事業の経営者による福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針」(2000年6月通知、2017年3月改正)は、次の体制を示しています。
| 役割 | 担う人 | 主な役目 |
|---|---|---|
| 苦情解決責任者 | 施設長、理事など | 申出人との話し合いで解決を図る |
| 苦情受付担当者 | 職員の中から任命 | 受付、内容と意向の確認・記録、責任者への報告 |
| 第三者委員 | 外部の人 | 中立の立場で助言し、話し合いに立ち会う |
指針は、苦情を密室化せず、一定のルールに沿って解決するよう求めています。
苦情の記録は保存され、改善に使われる
訪問介護の運営基準第39条は、苦情の内容等の記録を完結の日から2年間保存するよう定めています。実際の基準は自治体の条例で決まり、より長い期間を求める自治体もあります。
広島県国保連の集団指導資料は、苦情に共通する要因に説明不足、要望把握の不足、情報共有の不足、記録の不備などを挙げています。記録は職員を責めるためではなく、原因を見つけて繰り返さないために使うものです。
事業所の外にある3つの窓口
家族は事業所以外にも、市町村、国保連、運営適正化委員会に相談や申立てができます。重要事項説明書に外部の窓口を載せている事業所もあり、仕組みを知っておけば家族に聞かれても落ち着いて案内できます。
市町村
市町村は介護保険の保険者で、最も身近な苦情の窓口です。介護保険法第23条にもとづき事業者に文書の提出や質問を求めることができ、事業者は運営基準により、その調査に協力し、指導や助言に従って改善しなければなりません。
国保連
国保連は介護保険法第176条第1項第3号にもとづき、事業者の調査と指導・助言を行う制度上の苦情処理機関です。広島県国保連の資料では、原則書面で申立てを受け付け、学識経験者などによる介護サービス苦情処理委員会が調査の必要性を審査し、事業者の調査と指導を経て、申立人に結果を通知する流れです。
同じ資料では、訴訟中の案件や損害賠償の責任の確定を求める案件、医療に関する案件は対象外です。調査で介護記録や相談記録の提出を求めた例も示されており、日頃の記録がそのまま説明の材料になります。
運営適正化委員会
運営適正化委員会は、社会福祉法第83条にもとづき都道府県社会福祉協議会に置かれ、福祉サービス全般の苦情を扱います。申出があると相談に応じて事情を調査し、双方が同意すれば話し合いのあっせんも行います(第85条)。
苦情とハラスメントの切り分け
家族からの指摘には、正当な苦情もあれば、線を越えた言動もあります。この記事が扱うのは正当な苦情や要望ですが、違いを知っておくと、どこまで受け止めればよいかが分かり、1人で抱え込まずに済みます。
苦情や要望との違い
苦情のすべてがハラスメントに当たるわけではありません。カスタマーハラスメント対策の指針(令和8年厚生労働省告示第51号)は社会通念上許容される範囲の正当な申し入れを対象外とし、厚生労働省の介護現場のハラスメント対策マニュアルも、苦情の申立てそのものは別の問題として扱っています。
言い方が厳しくても、サービスへの不満や改善の要望は正当な苦情として受け止め、この記事の手順で事業所につなぎます。2026年10月から義務化されたカスハラ対策は介護の利用者・家族からのハラスメントで解説しています。
線を越えたと感じたら1人で判断しない
長時間の拘束や人格を否定する暴言など、正当な範囲を超えていると感じたら、1人で判断せず、記録をとって上司に報告します。どちらに当たるかを決めるのは事業所です。上司に相談しにくいときは介護職の人間関係がつらいときの対処法も参考にしてください。
クレームが怖くて辞めたいと感じたら
強い苦情を一度受けると、次の面会日が近づくだけで気が重くなることがあります。仕組みの面から整理すると、職員が負う責任の範囲と、1人で背負わなくてよい理由が見えてきます。相談先もあわせて紹介します。
個人の責任で終わらない仕組み
苦情対応は事業者の義務で、外部の窓口も事業所全体の改善を求める仕組みです。職員に求められているのは、聞いたことを正確に記録し、報告することまでです。報告しても事業所が動かない、同じ家族への対応を毎回1人で任されるといった状態は、職場の体制の問題として相談してよい内容です。
相談先
まずは上司や苦情受付担当者に、記録を見せながら困っていることを伝えます。気持ちの負担が続くときは介護職のストレスの原因と対処法、働き方を見直したいときは介護職を辞めたいと感じたらを参考にしてください。
まとめ
家族から苦情を受けたときに押さえておきたい点は、次のとおりです。
- 苦情の窓口設置、記録、調査への協力は、運営基準で事業者に義務づけられている
- その場では、聞く、事実と気持ちを分ける、約束しない、記録する、すぐ報告するの5つに絞る
- 否定や言い訳、他人のせい、あいまいな返事は避け、回答の見通しを伝える
- 事業所の外には市町村、国保連、運営適正化委員会の3つの窓口がある
- 正当な範囲を超える言動は、ハラスメントとして事業所が判断する
まずは勤務先の重要事項説明書で苦情の窓口と担当者を確かめ、報告する相手をはっきりさせておきましょう。
よくある質問
Q. 家族に謝ってもよいのでしょうか?
A. 心配をかけたことへのお詫びは、その場で伝えてかまいません。原因や責任を認める謝罪や補償の約束は、事実を確認してから事業所が判断することです。「ご心配をおかけして申し訳ありません。確認して管理者からご連絡します」のように、気持ちへのお詫びと対応を分けて伝えます。
Q. 自分の名前を挙げて苦情を言われたらどうすればよいですか?
A. その場で弁明せず、内容を聞いて上司に報告します。事実の確認と家族への説明は事業所が行うものです。思い当たる点があれば、報告のときに事実として伝えましょう。
Q. 国保連に申し立てられたら、事業所は処分されますか?
A. 国保連の苦情処理は、介護保険法第176条にもとづくサービスの質の向上のための調査と指導・助言です。申立てがあったことだけで処分が決まる仕組みではありません。
Q. 家族から個人の電話番号を聞かれたら教えるべきですか?
A. 苦情や相談は事業所の窓口で受ける仕組みなので、個人の連絡先ではなく、事業所の電話番号と担当者を伝えます。「事業所の決まりで、こちらの番号にお願いしています」と伝え、上司にも共有しておきます。
参考資料・出典
- 指定居宅サービス等の事業の人員、設備及び運営に関する基準 第8条・第36条・第39条(平成11年厚生省令第37号、e-Gov法令検索、2025年4月1日施行の改正反映版)https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100037
- 指定介護老人福祉施設の人員、設備及び運営に関する基準 第4条・第33条(平成11年厚生省令第39号、e-Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/411M50000100039
- 介護保険法 第23条・第176条(平成9年法律第123号、e-Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/409AC0000000123
- 社会福祉法 第82条・第83条・第85条(昭和26年法律第45号、e-Gov法令検索)https://laws.e-gov.go.jp/law/326AC0000000045
- 介護保険制度における苦情処理制度の概要(厚生労働省、2004年3月の審議会資料)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/03/s0309-6u.html
- 社会福祉事業の経営者による福祉サービスに関する苦情解決の仕組みの指針(厚生労働省通知、2000年6月7日、2017年3月7日改正。岡山市掲載の全文)https://www.city.okayama.jp/jigyosha/cmsfiles/contents/0000044/44960/kujouzenbun290307.pdf
- 介護保険相談・苦情・事故発生時の対応マニュアル(三重県医療保健部長寿介護課、令和8年4月改訂版)https://www.pref.mie.lg.jp/common/content/001146880.pdf
- 令和3年度広島県介護サービス事業者集団指導研修「介護サービスの苦情処理について」(広島県国民健康保険団体連合会)https://www.pref.hiroshima.lg.jp/uploaded/attachment/478355.pdf
- 利用者からの苦情を処理するために講ずる措置の概要 記載例(新潟市)https://www.city.niigata.lg.jp/iryo/kaigo/jigyousya_yousiki/chiikiservice/kaigoyobousien.files/kujyousyori_kisairei.pdf
- 事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和8年厚生労働省告示第51号)https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=75ac0814&dataType=0&pageNo=1
- 介護現場におけるハラスメント対策マニュアル(厚生労働省、2022年3月改訂)https://www.mhlw.go.jp/content/12305000/000947524.pdf
※法令・制度の情報は2026年11月時点のものです。














